未来の辞書

こんにちは。学習空間八千代台教室・習志野藤崎教室の高橋です。

いきなりですが、私は語学好きです。具体的には、ドイツ語、英語、そして最近はイタリア語もやろうと思っています。ところで、「辞書」そして「文法書」、これらは語学を学ぶ人にとって欠かせないアイテムです。皆さんも英語の長文を読むときには、まるで「お守り」のように手元に辞書や文法書を置いているのではないでしょうか。「わからない単語、文の構造が出てきても、もう安心。俺の手元にはメシア(救世主)がいるのだ」と感じているかもしれません。今回はこの辞書について私が思っている事を書き連ねていこうと思います。なお、ここでは「語学学習」に使う辞書に限定して話を進めていきます。従いまして、もっぱら英和辞書の話になります。

そもそも辞書はどのようにして編纂されるのかお話ししたい所ですが、その前に、まず「ことば」の特性についてお話していきます。ソシュールによれば、「ことば」とその「意味」はただ社会の中で「約束事」として共有されているだけとのことです。たとえば、かつては whom という単語で「whoの目的格」を表していたのに、いつの間にか who だけで主格・目的格を表すようになりました。大昔、二人称の単数形は thou という専用の単語がありましたが、二人称複数の you が兼任することになりました。もともと dog という単語は「オス犬」の意味です、「メス犬」は bitch と言いました。でも今はオスもメスも dog です。 bitch の方は、「女性に対する蔑称」としてのスラングになりました。このように「言語表現(シニフィアン)」と「意味(シニフィエ)」の関係は恣意的で「社会内でそうしようと認定されているにすぎない。だから、もっと楽な選択肢があればそっちに変えよう」となります。上の例では、複数あった言語表現が一つに統合されていく様子が分かりますね。言語はエコが好ましいのです。

さて、そうなると人間の気分次第で新しい表現が生まれる事になります。そして、それが個人間ではなく、広く一般的に使用されるようになると言語学者の先生方が動き出します。この人たちは、最新のコーパス(人間のあらゆる言語活動を記録した膨大なデータベース:インターネットの検索エンジンなど)を手がかりに、新しい単語および単語の使われ方に目を光らせています。その時に特定の流行語や方言が広い範囲で使われている事を発見すれば、その言語表現は長い時を経て審議にかけられ、そのうちいくつかは最終的に辞書に収録されるのです。一方、紙面には限りがありますから、新しいものを収録したら、何かを削らなければなりません。その際は、「古くなって誰も使わないもの」、逆に「十分に人々の間に普及し、わざわざ辞書に載せなくてもわかるだろう」となった言語表現が削られていきます。辞書の編纂作業はこのようにして行われます。

辞書は、まるで「憲法」の様なものです。社会の移り変わりに合致させるように憲法も変わってしかるべきで、その際、もともと記載されていた事項を優先するあまりに、最新の現状を反映できないとしたら本末転倒です。同じようなもので、辞書の内容も社会に合わせて日々バージョンアップを繰り返しています。しかし、辞書には憲法の様な「拘束力」はありませんので、自分の言葉の使い方が辞書の記述と合致していなかったとしても、それが間違っているとは限らないのです。むしろ、目的格のwhoの例でもあったように、もともと間違っている表現でも多くの人が使うようになれば辞書にも載るのです。ここでもうひとつ例を。where の用法に「接続詞のwhere」と言うのがあります。この用法は高校でもあまり扱わないのであまり知られていませんが、辞書には確かに「whereには接続詞としての用法がある」と記載されています。いつからかは分かりませんが。しかし、高校で習わないことを考えると、かなり揺れている表現だと推測できます。ちょっと見てみましょう。接続詞のwhereとは次のようなものです。

We have to rent a car where we are visiting next week.
(来週行く予定の場所では、レンタカーを借りなければなりません。)

一見すると関係副詞のようにも見えますが、違います。先行詞が無いからです。また、

Where we are visiting next week, we have to rent a car.

のように主節と従属節を入れ替えることもできます。この振る舞いは接続詞のwhenにそっくりですね。英語ネイティブでもないのに大変恐縮ですが、これももともとは誰かの間違いから始まった表現ではないかと私は思います。多分誰か(ミュージシャンか新聞記者か大学教授かは分かりませんが、それなりに影響力のある人)が先行詞を省いた、もしくは言い忘れたのだろうと。一方で、英語には先行詞を必要としない不定関係代名詞がちゃんとあります、さらにwhenも接続詞ならwhereもいけるだろうという一連の類推も手伝って多くの人にすんなり受け入れられたのだろうと。その結果、辞書に乗るまでの地位を獲得したのではないでしょうか。

長くなりましたが言いたいことは次の通り。辞書の記述は社会の変化に合わせていくらでも変わってくる。だから単語の意味を調べるときも辞書を絶対視し過ぎるべきではないし、そもそもそういう使い方で辞書に接するべきではないよ、ということです。むしろ、言葉の変化の軌跡をそこに読み取り、この先どのように言葉が変わっていくか、それを予測するために辞書を使えたらいいでしょうね。

ではまたー!!
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都会ショック(田舎者の戯言)

個別指導の学習空間,八千代大和田・佐倉臼井教室の小西です.

 私は千葉で住んで今年で12年になります.高校卒業までは和歌山県と大阪府の県境あたりに住んでいました.かなりド田舎なので,最初千葉に引っ越してきたときはカルチャーショックみたいなものをかなり感じました.

①電車が長っ!
私の地元では電車は2両編成のワンマン乗車しかありませんでした.ワンマン乗車というのは1両目の前と後ろのドアしか開かず,降りる人は前のドアで車掌さんに切符を渡して降りる,乗る人は後ろのドアから乗る,というシステムです.自動改札がある駅のほうが少ない路線だったので,切符を回収する方法がそれしかないのですね.千葉に来た当初は千葉大の近くに住んでいたので,総武線を使うわけですが,総武線は10両以上あるんですよね.ものすごい長さです.しかも自動改札があるからどこから電車に乗っても良い.これはすごいことだなと思いました.あと電車の本数も桁違いに都会は多い.和歌山の私の住んでいた地域では電車は1時間に1本です.しかも冬の日曜は運行が止まる日があります.千葉に来てから,電車のダイヤを事前に調べる必要がなくなってものすごく便利になったと感じました.

②夜明るっ!
私の地元は街灯というものがあまりありません.実家の周りにはお店もありません.最寄りのコンビニまで歩いて50分,スーパーまで歩いて1時間とかそういう次元です.夜になると車の通りも減り,真っ暗になります.真っ暗だし何もないのであまり夜は外に出ないのですね.千葉に来たら,普通の道の横にも街灯がある場所が多くて驚きました.街灯が少ないところも住宅地だと多いですが,でも懐中電灯がなくても歩けます.田舎は無理です.夜歩くのに懐中電灯が必要ないというのは田舎育ちの私には驚きでした.

③星見えなっ!
②とも関係するのですが,夜でも明るいというのと,田舎よりは空気が綺麗でないという理由から都会では星が見えません.夜はずっと曇った感じの空なのがなんか最初は居心地が悪いなと感じました.実家では星が綺麗に見えたので.

④日用品安っ!
田舎にはドン・キホーテとかジェーソンのような激安スーパーが存在しません.なので日用品の安さには驚きました.

⑤なんかみんな忙しそう!
私の実家の周りの人はみんな農家です.農家ってのは儲けようと思えば大変ですが,暮らしていくだけなら結構ゆるゆる生活できる仕事です.朝起きて,昼間で農作業,昼ごはんを食べに家に帰って,食後はお昼寝,夕方くらいにもう一度作業をして夕食を食べに帰ってくる,という感じです.千葉に来たときは,なんだかみんなせわしなく駅に向かって電車に乗って,遅くまで働いて,っていうのがなんだか奇異に見えてしまいました.

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節電

個別指導塾の学習空間、八千代大和田教室・鎌ヶ谷教室の川田です!

みなさんこんにちは!暑いですね~…。少し涼しくなったかな?と思ったのですが、まだまだ暑さは続きそうです。こまめに水分補給をして熱中症にならないように気をつけましょう。
それはそうとこれだけ暑いとどこにイライラをぶつけていいかわからなくなりますよね。せめてなんでこんなに暑いのか原因を…ってことで少し調べてみました。やっぱり原因は地球温暖化みたいです。(もちろんこれだけではないみたいですが)もう温暖化については説明不要ですね。温室効果ガスが~、ってやつです。この温室効果ガスをなるべく出さないようにしていくのが我々の課題です。一番身近なのは節電ですかね?日本の発電は火力発電の割合が高いので節電することで温室効果ガスの発生を抑えることに繋がると思います。一人二人がやっても意味ないので、みんなでできることから始めましょう。

以前竹村先生がブログで電気代について書いてくれていましたね。お金の節約もですが節電することによって資源の節約(?)にも繋がるかと思います。私もこまめに消すように心がけることにしました。トイレの電気の消し忘れで50円…。衝撃でした(笑)。

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理科の宿題(=自由研究)

個別指導塾の学習空間、習志野藤崎・西白井教室の竹村です。
すっかり夏ですね~夏休みですね~。
…。

自由研究、終わってますか?

終わっている!そもそも出てない!大変結構です。
終わっていない?じゃあ今からやりましょう。

何やったらいいか分からない?ネタが無い?
個人的に、調べたい・知りたいことが無いなんて信じがたいことですが…
まぁいいや、教室内の道具でも出来る、不思議な現象を紹介しましょう。
※文面だけでの説明では限界がありますが、そこは頑張って再現してください。

①用意:定規、紙
まずは机の上をキレイにするところから。消しカス厳禁。
机の端に定規を置きましょう。定規の端を数センチほど宙に出た状態にします。
その定規の机の上の部分に、紙を敷きます。こちらも、きれいに、美しく、隙間なく。
はみ出ている定規の端を持ってor押して、普通に動かせますか?

②用意:バケツ、硬貨(小さくて沈むもの)、30cm定規(真っ直ぐの長い棒)
バケツに水を入れましょう。で、硬貨を沈めます。端っこは避けると良いですね。
その硬貨を、水面の上から定規で突けるでしょうか?
ただし、水面の上から狙いを定めること。狙いを付けたら、まっすぐに突いてください。
なお、ズレを予測などせずとも当たる狙い方があったりもします。

③用意:何かしら色のついた液体、ティッシュ
液体にティッシュを上から垂らして、下の部分を少しだけ付けます。
以上!色々混じった不透明な液体がよりお勧めです。
均一にただ液体がしみ込んだだけ…になるでしょうか?

自由研究あるあるですが、一日で終わらせようと思ってテーマを探すと多分中々終わりません。
やる前から規模の予想が付く研究なんて、自力ではまず見つけられないでしょう。
日ごろから色々調べている人なら見つけられますが、そういう人は自由研究そこまで手抜きしませんし。
丸3日くらいかかっちゃってもやむなし、と思って始めると、はかどると思いますよ!
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点数アップのコツ教えます!

個別指導塾の学習空間、四街道東教室の野依です^^
ブログでは初登場になります。

今回は、「点数アップのコツ」を皆さんに教えたいと思います。
点数をアップさせる為に、私がオススメするのは「暗記を詰めていくこと」です!

全てが暗記という訳ではありませんが、特に「理科・社会」は覚える内容が多いですよね?
約半年後に受験を迎える中学3年生には、ぜひとも「理科・社会」の暗記に力を入れてもらいたいです!

中学校3年間で学んだことを全て暗記するのはなかなか大変だと思います。
ですが、覚えることですぐに点数として結果を得やすいところが、「理科・社会」の良いところです。
勉強すればしただけ点数が返ってくるので、勉強していて楽しいと思います!!

一方、数学や英語、国語などは下積みが非常に大切な教科です。
式や単語を覚えて、覚えたことを使って問題を解いていく応用力が求められます。
ですので、点数を上げるのにもある程度時間を要すると思います。

しかし、そうは言っても先に覚えるべきことはたくさんあるはずです!!
公式、英単語、漢字などをしっかり暗記して、まずは基礎を固めていくことが重要です。

また、暗記をするときは狭い範囲に時間をかけて確実に覚えるよりも、短時間でできるだけ多くの情報を取り込んだ方が良いです。
そして、それを何周もするように心掛けて下さい。そうすることで、驚くほど効率の良い暗記ができると思います。

イマイチ点数が伸びないと思っている生徒の皆さんは、ぜひ暗記に力を入れてみて下さい!!
きっと驚くほど点数が取れるようになりますよ^^

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理科の「ドラえもん」論

どうも、学習空間習志野藤崎教室、西白井教室の竹村です。
先日新聞の一面に、飛ぶ車を20年代に実用化したいねーなんて話が載ってました。最近の車は自動ブレーキは当たり前、自動で目的地までの連れて飛んで行ってくれる車も開発中ってことですね。GPSで登録した場所に向かって自動で車が動く、まぁ、たしかに日本の技術力があればそういう車が出てきても不思議じゃありませんね。

さて、話しは少しそれますが、日本人なら誰でも知ってるマンガのキャラクターに「歩く未来科学の結晶」がいますね。そうです。ドラえもんです。
ここから先は「ドラえもん」についての私なりの解釈になります。(コピぺここまで)
高橋先生になんか振られたので、物理屋さんとして書きますよ!

私あれ、漫画版ほぼ見たことないんです。なので、十数年前に何度か見たテレビ版の感想になりますが…
面白いのはタイトルですよね。記憶している限り、毎回「秘密道具の名前」がタイトルになっていました。
さて、「ドラえもん」は何のお話なんでしょうかね。
たとえば、「ハリー・ポッター」も外見はファンタジーですが、世界観より、主人公であるハリーの成長と、その学校生活に焦点が当たっていると言っていいと思います(終盤はファンタジー要素全開ですが)。
個人的にあれは、主人公に共感しつつ読むお話です。
「指輪物語」は一方、壮大なファンタジーで、主人公の話に終始する気なしです。人間模様の描写も、本筋ではないでしょう。
個人的にあれは、完成度の高い空想の世界を楽しむお話です。
さて、「ドラえもん」は。
のび太の成長物語?いえ、私の知る限り、のび太はまるで成長していません。共感…ってのは最初だけですね。
毎回同じような目に逢っているので、途中から見てる側が飽きますよ。またか、ってなります。
人間模様?映画版はとにかく、テレビ版は勧善懲悪寄りですらあります。
のび太とジャイアンが理解しあったり意見を戦わせたりしてるのは見かけません。やるもやられるも一方的ですよね。
そこでタイトルを思い出しましょう。「のび太、ジャイアンに勝つ」でしたか?
いえ、「どこでもドア」とかですよ。もはや人物名でも出来事でもなく。
そう、見てほしいのは人物でも出来事でもなく、道具なのです。空想の道具を楽しむお話なんですよ(個人の意見です)。
のび太もジャイアンもドラえもんも、道具を見せるための舞台装置です。
ハリーポッターでいうところの、箒だとか杖だとかのレベルの存在です。

ところで、空想の道具をいいなと思わせる物語は科学にとって素晴らしいものです。
人間、いいなと思ったものはほしくなります。しかし、それは実在しません。
となれば、作るしかありません。…作っちゃうんですよ!
完全に何もないところから実物は作れませんし、作ろうとも思いません。
が、何かあれば、それが実現不可能なんてのは、解決すべき問題(いつか解決可能な問題)になります。
つまり、いつか実現できてしまうでしょう。
タケコプターそのまんまはまぁ…当分無理だと思いますが、空を自由に散歩気分で飛んで移動する時代は、来てしまいそうです。
ドラえもんがなかったら、日本の工学分野の活気は、今とは全然違っていると思います。

ドラえもんの作者がそんなこと考えていたか知りませんが、間違えなく、理科に生きた目的をひとつ与えてくれていますよ。
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「ドラえもん」論

どうも、学習空間習志野藤崎教室、八千代台教室の高橋です。私は車の運転が嫌いなのですが、最近の車は自動ブレーキは当たり前、自動で目的地までの連れて行ってくれる車も開発中なのだとか。GPSで登録した場所に向かって自動で車が動く、まぁ、たしかに日本の技術力があればそういう車が出てきても不思議じゃありませんね。

ところで、ここまで私たちの生活を便利にしてくれる技術ですが、その多くはもともとは軍用目的で開発されたものです。インターネットはアメリカの軍事情報ネットワーク、先程のGPSはミサイル誘導システム、そして私たちに身近な原子力発電、これは原子力爆弾です。しかし、軍事技術は絶えず開発を進めていかないとライバル国に追い抜かれてしまう。なのであっという間に古くなります。そのまま使われなかったらもったいないので一般国民向けに使えるようにしたんです。

さて、話しは少しそれますが、日本人なら誰でも知ってるマンガのキャラクターに「歩く未来科学の結晶」がいますね。そうです。ドラえもんです。

ここから先は「ドラえもん」についての私なりの解釈になります。世間一般の認識とは違うことも有りますが御容赦ください。。。。

科学技術はまず始めは軍事目的で開発される、その後で一般人でも使えるように普及することは先程も述べました。だとすると、ドラえもんはもともとは軍用ロボットだと考えられます。ところが、軍事技術は時が経てばすぐに使い物にならなくなる、じゃあどうするか。もうお分かりでしょう、過去の時代に送って人々の支援ロボットにすれば良いという事になったのです。こうして、ドラえもんは22世紀からのび太の住む世界にやってきたのです。

そんなバカな、とあなたは思うかもしれませんが、ドラえもんは作品中で度々戦争を想起させます。例えば、有名なセリフに「どっちも自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ」というのがあります。よほど戦争の知識があるそうです。また、のび太が生きるのに疲れたときも、笑顔で「いつものことじゃない」と励ます気ゼロ。よほど沢山の人の死を見て来なければ、平然とこんなセリフを吐けるはずがありません。決定的なのは「地球破壊爆弾」という恐ろしい道具を持ってることです。もう確信犯です。

やはりドラえもんは兵器として開発された可能性があります。だから、映画などで危険な目にあっても(思いかえせばそれこそ映画では数え切れないほどの戦争に巻き込まれています。鉄人兵団、小宇宙戦争、大魔境などあげればキリがありません)最期には勝てるんです。未来の兵器ですから。

とまぁ、冗談はこの辺にします。自分の知ってる世界史の知識からスタートして「ドラえもん」をちょっと違って角度から分析してみました。もちろん、語学が得意な人なら言語的な観点から分析することもできますし、物理が得意なら物理的な観点から分析ができるでしょう。こういう分析を加えることで、今までただぼんやりとしか楽しめなかった「ドラえもん」が何倍も楽しくなります。しかもそうやって「ひねくれた見方」で「ドラえもん」を見ているうちに、製作者が本当に伝えたかった隠れたメッセージに出会えることもあります。
何が言いたいかというと、日ごろの学習で得た知識を世の中を分析するのに積極的につかっていきましょう。それは他人から見るとひねくれているように見えるかもしれないけど、案外物事の本質をとらえていることもあるよってことです。

ではまたー。

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『暴力の人類史・下』ースティーブン・ピンカー

個別指導の学習空間,八千代大和田・佐倉臼井教室の小西です.

「全世界のすべての暴力は規模においても頻度においても減少傾向にある」

 こんな主張をされたら普通の人なら「そんなわけないじゃん」と思うでしょう.僕もそうでした.そんな印象を膨大な資料と統計で覆すピンカーの大著.その下巻です.

[上巻]
 まず本書の概要や執筆のきっかけが綴られる「はじめに」. そして本格的な論考に入る前に,「過去はこんなに危なかったんだぞ」というのを読者に知ってもらうための第1章.第2章からいよいよ「暴力は減っている」ことを示していく段階に移ります.第2章から第6章までをかけて,ピンカーは地球上のあらゆる暴力は減少傾向にあるという歴史を示していきます.戦争,死刑,ジェノサイド,喧嘩,殺人,イデオロギーによる殺戮,拷問,奴隷制,などなどありとあらゆる暴力は世界中のどこを見ても,どのような規模や頻度でみても減少傾向にあることを見ていきます.これだけで正直お腹いっぱいって感じです.

[下巻]
 一応下巻の感想なので下巻のほうが長いです.下巻は第7章「権利革命」から始まります.ここは第2章〜第6章の続きで,女性や子供に対する暴力や動物に対する虐待などを見ていきます.昔は女の子が生まれてきたらその場で殺すという習慣がありましたし,8歳児に強制的な労働を課したり,言うことを聞かなければ鞭を打ち,時には殺してしまうことも多々ありました.数十年前まではアニメの一場面としてもよく登場した子供の尻叩きも暴力であることに変わりありません.レイプが犯罪だとみなされていない時代も長くありましたし,女性は旦那に奴隷のように扱われてもすべて合法な時代もありました.第7章ではこういった女性や子供に対する暴力すらも極端に減少していることを指摘します.尚且つ,暴力に対する人々の倫理観も変わってきているとピンカーは言います.例えば子供の尻叩きを道徳的にダメとする人が以前よりも確実に増えてきているのです.ピンカーはこの一連の女性や子供の権利の回復を「権利革命」と呼んでいます.
 動物への暴力も同様です.鶏同士を戦わせたり熊と犬を戦わせてそれを鑑賞したりする娯楽が隆盛を極めた時代がありました.日本でも闘犬などのブラッド・スポーツが親しまれていた時代があります.戦わせはしないけれども,大学の実験室でのラットの扱いなどは一昔前までは酷く非人道的なものだったと聞きます.こういった動物への暴力も年月を経るごとに確実に減少しています.今の時代,闘犬なんて絶対に出来ませんし,実験で使う動物もそれが多くのメリットを生み出すという証明ができない限りは認可が降りないそうです.ピンカーはこの動物に対する権利革命を「究極の権利革命」だと言います.なぜなら女性や子供と違って,動物の場合は動物本人の意志は不明だからです.女性・子供の場合は当人たちから声も上がったでしょうし,人間同士ですから彼らに対する仕打ちがどれだけの苦痛を生じさせるかをある程度推測することが出来ます.しかし動物の場合は,動物は(ましてや魚介類などなら)自分から「痛い」と言いませんし,自分たちの権利を主張することもありません.つまり動物の権利革命は完全に人間の道徳心だけに依存してなされた革命であり,それは権利革命の究極の形であるということになります.

 第2章〜第7章を通してありとあらゆる暴力が減少傾向にあるという歴史的事実を概観してきました.これだけでも大著の名にふさわしいのですが,本書はこんなものでは終わりません.人間には暴力を誘発する5つの内生的要因と,それを抑止する4つの機能があります.第8章「内なる悪魔」では暴力を誘発する要因であるプレデーション(捕食)・ドミナンス(支配,優位性)・リベンジ(報復,復讐)・サディズム・イデオロギーの5つに焦点を当てます.ここから内容は一気に心理学的になります.第9章「善なる天使」では暴力を抑止する要因である共感・セルフコントロール・道徳とタブー・理性の4つに焦点を当てていきます.そして第2章〜第7章で見た暴力の減少は,この「内なる悪魔」に「善なる天使」が打ち勝ってきた歴史なのだというわけです.

 上下巻合わせて約1300ページという大著ですし,上下揃えると9000円を超えるので購入には勇気が必要でしたが,見返りはそれ以上のものでした.

 こういう類の本にしては非常に分かりやすく書かれていると思います.大学1・2年生くらいならスラスラ読めるはずです.もうすぐ夏休みですし,学生の方は夏の思い出づくりに,社会人の方もお盆休みなどに一気に読んでみてはどうでしょう?高校3年生も受験が終わってから大学に入るまでにじっくり読んでみても良いかもしれません.ページをめくるたびに脳がアップデートされていくような感覚に陥り,読後は「少し成長した」と実感できる本です.

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「できない」は「失敗」?

個別指導の学習空間、四街道東・佐倉臼井教室講師の桑原です。
早いもので今年もあと半年ですね.梅雨の時期に入っていますので,体調にはくれぐれもお気をつけください.
私は最近「発達障害」と言うものを勉強しています.発達障害に興味を持つきっかけは,勉強が苦手な生徒の中に,そういった特性を持っている子は少なくないと感じたことです.講師として,「勉強が苦手な生徒を『真』の意味で支えていけるのか」という問いに対しての暫定解とも言えます.生徒たちの「できない」により深く目を向け,背けないために見聞を深めています.

さて「勉強がニガテな生徒」にはある程度共通点があります.
~子ども目線~
① 「失敗」「できない」に対して逃げグセ・諦めグセがついている
② 失敗及び成功分析ができない
③ 「理解すること」と「使いこなせること」のバランスがとれていない
④ 学校の授業で手を上げたことがない.
⑤ 「わかんない」が口癖で,「どうわからないのか」説明できない.

~保護者目線~
⑥ 親に「テストの点数」でしか努力を見てもらったことがない
⑦ 大人に理不尽・不満をぶつけられず、「いいからやりなさい」という結論に終始したことしか言われた経験がない
⑧ 保護者が生徒に自身のことを話させようとせず,すぐに口を出して会話を遮る
⑨ 「理解すれば勉強はできる」と認識している

やはり勉強に対する意識付けや子どもの話を聴くというのが困難な家庭は多くありますね.
子育てはしたことありませんが,日々生徒に関わっていると,感じることは多いです.
教科知識だけを教えていく塾講師ではなく「人」を教えられる塾講師を目指して.

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人生の財産

個別指導塾の学習空間、八千代大和田教室・鎌ヶ谷教室の川田です!

みなさんこんにちは!梅雨入りが発表されましたね.雨が降ると家から出たくなくなりますよね….しかし家から出ないで人との関わりを避けている人はもったいないなと思います.特に「私人見知りだから」とか言い訳をして他人と関わりを持とうとしない人です.人と関わりを持つことも将来の糧になります.よくあることとして以前何かで話題になっていましたが,「コネを使った入社」です.良い企業などに自分と関係を持ってる人を入社させるアレですね.(笑)私はコネ入社を良くないことだとは思いません.なぜなら入社時に「人脈」という能力を使っているわけですから.もちろん,仕事に適した能力で入社することが一番ですが…
また,「人脈」は自分を助けてくることがあります.自分が困っているときに周囲の人が協力してくれたりすることもあります.ただ,助けてもらうことばかりではなく自分からも他人に協力してあげましょう.協力してくれない人間に協力しようとは思わないですよね(笑)人脈というのは人生における「財産」になり得ると思います.
積極的に他人とコミュニケーションをとり自分の「財産」を増やしていって欲しいと思います.
まとまりのない文章で申し訳ないですがこの辺で.(^_^)/~

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