『暴力の人類史・下』ースティーブン・ピンカー

個別指導の学習空間,八千代大和田・佐倉臼井教室の小西です.

「全世界のすべての暴力は規模においても頻度においても減少傾向にある」

 こんな主張をされたら普通の人なら「そんなわけないじゃん」と思うでしょう.僕もそうでした.そんな印象を膨大な資料と統計で覆すピンカーの大著.その下巻です.

[上巻]
 まず本書の概要や執筆のきっかけが綴られる「はじめに」. そして本格的な論考に入る前に,「過去はこんなに危なかったんだぞ」というのを読者に知ってもらうための第1章.第2章からいよいよ「暴力は減っている」ことを示していく段階に移ります.第2章から第6章までをかけて,ピンカーは地球上のあらゆる暴力は減少傾向にあるという歴史を示していきます.戦争,死刑,ジェノサイド,喧嘩,殺人,イデオロギーによる殺戮,拷問,奴隷制,などなどありとあらゆる暴力は世界中のどこを見ても,どのような規模や頻度でみても減少傾向にあることを見ていきます.これだけで正直お腹いっぱいって感じです.

[下巻]
 一応下巻の感想なので下巻のほうが長いです.下巻は第7章「権利革命」から始まります.ここは第2章〜第6章の続きで,女性や子供に対する暴力や動物に対する虐待などを見ていきます.昔は女の子が生まれてきたらその場で殺すという習慣がありましたし,8歳児に強制的な労働を課したり,言うことを聞かなければ鞭を打ち,時には殺してしまうことも多々ありました.数十年前まではアニメの一場面としてもよく登場した子供の尻叩きも暴力であることに変わりありません.レイプが犯罪だとみなされていない時代も長くありましたし,女性は旦那に奴隷のように扱われてもすべて合法な時代もありました.第7章ではこういった女性や子供に対する暴力すらも極端に減少していることを指摘します.尚且つ,暴力に対する人々の倫理観も変わってきているとピンカーは言います.例えば子供の尻叩きを道徳的にダメとする人が以前よりも確実に増えてきているのです.ピンカーはこの一連の女性や子供の権利の回復を「権利革命」と呼んでいます.
 動物への暴力も同様です.鶏同士を戦わせたり熊と犬を戦わせてそれを鑑賞したりする娯楽が隆盛を極めた時代がありました.日本でも闘犬などのブラッド・スポーツが親しまれていた時代があります.戦わせはしないけれども,大学の実験室でのラットの扱いなどは一昔前までは酷く非人道的なものだったと聞きます.こういった動物への暴力も年月を経るごとに確実に減少しています.今の時代,闘犬なんて絶対に出来ませんし,実験で使う動物もそれが多くのメリットを生み出すという証明ができない限りは認可が降りないそうです.ピンカーはこの動物に対する権利革命を「究極の権利革命」だと言います.なぜなら女性や子供と違って,動物の場合は動物本人の意志は不明だからです.女性・子供の場合は当人たちから声も上がったでしょうし,人間同士ですから彼らに対する仕打ちがどれだけの苦痛を生じさせるかをある程度推測することが出来ます.しかし動物の場合は,動物は(ましてや魚介類などなら)自分から「痛い」と言いませんし,自分たちの権利を主張することもありません.つまり動物の権利革命は完全に人間の道徳心だけに依存してなされた革命であり,それは権利革命の究極の形であるということになります.

 第2章〜第7章を通してありとあらゆる暴力が減少傾向にあるという歴史的事実を概観してきました.これだけでも大著の名にふさわしいのですが,本書はこんなものでは終わりません.人間には暴力を誘発する5つの内生的要因と,それを抑止する4つの機能があります.第8章「内なる悪魔」では暴力を誘発する要因であるプレデーション(捕食)・ドミナンス(支配,優位性)・リベンジ(報復,復讐)・サディズム・イデオロギーの5つに焦点を当てます.ここから内容は一気に心理学的になります.第9章「善なる天使」では暴力を抑止する要因である共感・セルフコントロール・道徳とタブー・理性の4つに焦点を当てていきます.そして第2章〜第7章で見た暴力の減少は,この「内なる悪魔」に「善なる天使」が打ち勝ってきた歴史なのだというわけです.

 上下巻合わせて約1300ページという大著ですし,上下揃えると9000円を超えるので購入には勇気が必要でしたが,見返りはそれ以上のものでした.

 こういう類の本にしては非常に分かりやすく書かれていると思います.大学1・2年生くらいならスラスラ読めるはずです.もうすぐ夏休みですし,学生の方は夏の思い出づくりに,社会人の方もお盆休みなどに一気に読んでみてはどうでしょう?高校3年生も受験が終わってから大学に入るまでにじっくり読んでみても良いかもしれません.ページをめくるたびに脳がアップデートされていくような感覚に陥り,読後は「少し成長した」と実感できる本です.

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