塾の日常

未来の辞書

こんにちは。学習空間八千代台教室・習志野藤崎教室の高橋です。

いきなりですが、私は語学好きです。具体的には、ドイツ語、英語、そして最近はイタリア語もやろうと思っています。ところで、「辞書」そして「文法書」、これらは語学を学ぶ人にとって欠かせないアイテムです。皆さんも英語の長文を読むときには、まるで「お守り」のように手元に辞書や文法書を置いているのではないでしょうか。「わからない単語、文の構造が出てきても、もう安心。俺の手元にはメシア(救世主)がいるのだ」と感じているかもしれません。今回はこの辞書について私が思っている事を書き連ねていこうと思います。なお、ここでは「語学学習」に使う辞書に限定して話を進めていきます。従いまして、もっぱら英和辞書の話になります。

そもそも辞書はどのようにして編纂されるのかお話ししたい所ですが、その前に、まず「ことば」の特性についてお話していきます。ソシュールによれば、「ことば」とその「意味」はただ社会の中で「約束事」として共有されているだけとのことです。たとえば、かつては whom という単語で「whoの目的格」を表していたのに、いつの間にか who だけで主格・目的格を表すようになりました。大昔、二人称の単数形は thou という専用の単語がありましたが、二人称複数の you が兼任することになりました。もともと dog という単語は「オス犬」の意味です、「メス犬」は bitch と言いました。でも今はオスもメスも dog です。 bitch の方は、「女性に対する蔑称」としてのスラングになりました。このように「言語表現(シニフィアン)」と「意味(シニフィエ)」の関係は恣意的で「社会内でそうしようと認定されているにすぎない。だから、もっと楽な選択肢があればそっちに変えよう」となります。上の例では、複数あった言語表現が一つに統合されていく様子が分かりますね。言語はエコが好ましいのです。

さて、そうなると人間の気分次第で新しい表現が生まれる事になります。そして、それが個人間ではなく、広く一般的に使用されるようになると言語学者の先生方が動き出します。この人たちは、最新のコーパス(人間のあらゆる言語活動を記録した膨大なデータベース:インターネットの検索エンジンなど)を手がかりに、新しい単語および単語の使われ方に目を光らせています。その時に特定の流行語や方言が広い範囲で使われている事を発見すれば、その言語表現は長い時を経て審議にかけられ、そのうちいくつかは最終的に辞書に収録されるのです。一方、紙面には限りがありますから、新しいものを収録したら、何かを削らなければなりません。その際は、「古くなって誰も使わないもの」、逆に「十分に人々の間に普及し、わざわざ辞書に載せなくてもわかるだろう」となった言語表現が削られていきます。辞書の編纂作業はこのようにして行われます。

辞書は、まるで「憲法」の様なものです。社会の移り変わりに合致させるように憲法も変わってしかるべきで、その際、もともと記載されていた事項を優先するあまりに、最新の現状を反映できないとしたら本末転倒です。同じようなもので、辞書の内容も社会に合わせて日々バージョンアップを繰り返しています。しかし、辞書には憲法の様な「拘束力」はありませんので、自分の言葉の使い方が辞書の記述と合致していなかったとしても、それが間違っているとは限らないのです。むしろ、目的格のwhoの例でもあったように、もともと間違っている表現でも多くの人が使うようになれば辞書にも載るのです。ここでもうひとつ例を。where の用法に「接続詞のwhere」と言うのがあります。この用法は高校でもあまり扱わないのであまり知られていませんが、辞書には確かに「whereには接続詞としての用法がある」と記載されています。いつからかは分かりませんが。しかし、高校で習わないことを考えると、かなり揺れている表現だと推測できます。ちょっと見てみましょう。接続詞のwhereとは次のようなものです。

We have to rent a car where we are visiting next week.
(来週行く予定の場所では、レンタカーを借りなければなりません。)

一見すると関係副詞のようにも見えますが、違います。先行詞が無いからです。また、

Where we are visiting next week, we have to rent a car.

のように主節と従属節を入れ替えることもできます。この振る舞いは接続詞のwhenにそっくりですね。英語ネイティブでもないのに大変恐縮ですが、これももともとは誰かの間違いから始まった表現ではないかと私は思います。多分誰か(ミュージシャンか新聞記者か大学教授かは分かりませんが、それなりに影響力のある人)が先行詞を省いた、もしくは言い忘れたのだろうと。一方で、英語には先行詞を必要としない不定関係代名詞がちゃんとあります、さらにwhenも接続詞ならwhereもいけるだろうという一連の類推も手伝って多くの人にすんなり受け入れられたのだろうと。その結果、辞書に乗るまでの地位を獲得したのではないでしょうか。

長くなりましたが言いたいことは次の通り。辞書の記述は社会の変化に合わせていくらでも変わってくる。だから単語の意味を調べるときも辞書を絶対視し過ぎるべきではないし、そもそもそういう使い方で辞書に接するべきではないよ、ということです。むしろ、言葉の変化の軌跡をそこに読み取り、この先どのように言葉が変わっていくか、それを予測するために辞書を使えたらいいでしょうね。

ではまたー!!
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個別指導の学習空間、四街道東教室長・佐倉臼井教室講師の桑原です

先日研修会がありまして,全国の学習空間のコンテストがありました.そこで四街道東教室は.昨年2017年度の入塾率の部で位を収めることができました.私は,講師ランキングも全講師中10位という結果でした.まさに大躍進の年であったわけですが,成功ばかりではありませんでしたし,自信を持ってやりきれたと思えるわけではありません.まだまだ未熟なところは多いので反省しかありませんが,地域の皆様や千葉エリアの講師の方々に支えられての入賞だと感じております.本当にありがとうございました.

さて.今日はそんな1年を振り返ってみて記事にできればと思い筆を執りました.「講師間の連携」について書いていきたいと思います.
塾の先生だけでなく,仕事と言われることの殆どはチームプレーで成り立っているわけですが,今回は学習空間について語っていきます.学習空間は講師2人による日替わり交代で運営しております.その分1日講師は1人でいるので,相方の先生と顔を合わせることはそんなに多くないかのように思われています.出席を必ず毎回付けているのですが,その中で生徒のことについて話をしたり,電話をして塾の話をしています.なので意外とやり取りしている様子がわかりますね.しかし,それ以上に指導の中で相方の先生の指導を考えてあたっています.よく生徒に聞くのは,「昨日どんな話したの?」とか「〇〇難しかったでしょう?どうやって教えてもらったの~?」などなど聴いています.ただあくまでも日常会話の範疇で聴いています.もちろんしっかり課題に取り組めているのか相方講師の話と生徒で二重にチェックするのは,もちろんコミュニケーションをとって面白い話を聴きたいからという意味だけではなく,生徒と講師のミスマッチを防ぐ意味もあります.言い換えれば指導の方向性を合わせる,といったところでしょうか.
指導の方向性をあわせることは,学習空間の特性において重要です.自分が指導しない日の様子をききつつ,学習の進展状況を管理して日々の指導を考えるためには,1人の裁量が多いゆえにお互いの生徒に対する課題意識をすり合わせつつ,お互いにできる指導を目指していくことが重要であることは言うまでもありません.

また,教室を飛び越えてエリア内でも講師間の連携は必要不可欠です.お互いの数字や指導を客観的に見るために,時には批判されることもあります(もちろん教室内でも).お互い信念を持って教室を運営しているので,相容れないことが起きるのは当然といえばそのとおりです.お互いに切磋琢磨していく中で,教室数字を意識したいところです.
もちろん指導内容でつまづきが生じた場合でも,エリア講師の力を借りることがあります.困ったら頼れる人が居るというのは,恵まれた労働環境であると感じています.

そして,今の教育業界では授業・解説動画が新たな風として取り入れられ始めています.学校においても授業動画を見ておくようにと宿題を出すそうです.それにより,優れた講師に子どもたちが触れる機会は多くなり,何を使って勉強するかを選ぶ選択肢の多い恵まれた時代が来ているわけですね.ただ授業動画は質問ができませんし,「組み合わせ方」が重要になってきます.どこを授業動画にしてどこを参考書でやってどこを授業するのか,この選択を考えるのが我々講師の役割でもあります.話がそれましたが,講師同士の情報共有があることは学習空間の「強さ」でもあります.

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時代を越えていくもの

個別指導塾の学習空間、八千代台教室・八千代大和田教室の川田です!

皆さんこんにちは!最近雨が多いですね.洗濯物が・・・笑
前のブログでも書いた気がしますが暑い日と寒い日の温度差が激しいので,引き続き体調管理には気をつけてください.高校生は文化祭のシーズンですね.全力で楽しみましょう!中学生は自分の志望校の文化祭を見に行って高校の雰囲気を体験して来るのはいかがでしょう?楽しそうな先輩たちを見ていると,「絶対この高校に行くんだ!」という気持ちが強くなると思います.その強い気持ち持って受験勉強するのが理想です.普段の学習もこのテンションで全力で取り組んで下さいね.
さて,全然話は変わりますが私の教室にはアニメが好きな生徒が何人かいます.私もアニメは好きな方なのでオススメしてもらったり逆にオススメしたりするのですが,なんと私が高校生の時に観ていたアニメを知っている生徒がいました!私が高校生というと丁度10年前ですね.彼女にとっては10年前はまだまだ子どもでアニメと言ったらアンパンマンとかじゃ….と少し衝撃を受けていました.(当時観ていたわけではなく,最近観たそうです.)「10年も前のアニメが今の学生に観られ,楽しまれるのは凄いなぁ」と思いましたが,所謂「名作」と呼ばれるものは時代が変わっても人々を楽しませる魅力を持ったものだとふと感じました.例えば,太宰治の「走れメロス」.教科書にも載っているこの作品は1940年出版です.77年も前の作品ですが,今だに多くの人を惹きつけます.また,夏目漱石の「坊っちゃん」「吾輩は猫である」「こころ」はそれぞれ1905年,1906年,1914年の発表作品だそうです.100年以上も前の作品であるにも関わらず,今だに読者は多い作品ですね.さらに極論を言えば,紫式部の「源氏物語」は約1000年も昔の作品ですが名作と名高い作品ですね.ここの挙げた作者以外の作品や,海外の作品の中にも長年人々を楽しませる作品は多くあります.
現代はネットでも「名作」とされるものを調べることは簡単なことです.本屋さんに行けば必ずと言っていいほど販売されています.お小遣いを使いたくない人は図書館にも置いてあるはずです.是非,「名作」とされる作品に触れてみて下さい.私も読んだことのない作品を積極的に読んでいこうと思います.
どこかで感想書けるといいなぁ…

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学習空間の日常

個別指導塾の学習空間、四街道東・佐倉臼井教室講師の桑原です。

四街道中・臼井南中の定期テストがあり、これから他の中学校もテストラッシュが続く毎日です。
テスト前の時期に差し掛かると、生徒の成長を実感できる機会が普段より増えていきます。
それは生徒の素の部分が見えてくるからだと考えています。
例えるならば、普段の学校生活では見えないその人の良さが、修学旅行や体育祭などイベントのときに発見できる感覚です。

今日は最近成長したと感じた生徒を2人紹介したいと思います。
1人目は小学生の頃から通塾しているN君。中学生になってから、彼は不平不満はたくさん言葉にできるのに、前向きな言動は少ない。テストがある度に「テストなんか作る大人ふざけんな」「なんでこんな辛いことやらせるんだ」などなど数えたら書ききれないくらいに文句のレパートリーは豊富です笑
そんなN君に自分が出会ったのが去年の3月。ちょうど講師交代のタイミングでした。プリントを解き始めるなり、ぶつぶつと独り言で文句を言い始めていたのを鮮明に覚えています笑 答え写していた時もあったりとやんちゃな子でした。
学習空間では、テスト前2週間は平日毎日なるべく来て勉強するルールがあるのですが、N君は「毎週月曜はゲームDAYだから休む!勉強しない!」と言って来ない子でした。
そこでN君には「文句を言う前に自分を褒めなさい。」と伝え続けてから、少しずつ変化が見られるようになりました。
最近勉強に対して文句を言わなくなり、ましてや宿題をだしてと頼むようになりました。この辺は中3だからということもあるのでしょうが、危機意識ができてきたと感じました。テスト2週間前の月曜日も来るようになり、最近では文句ではなく、反省を言うようになりました。
自分にとって不都合なことがあったら文句を言っていた子が、反省を行い、ニガテと向き合うようになったところに成長を感じました。
自分を乗り越えていくことに気持ちを向けられたのは、勉強の楽しさに触れることができたからでしょう。
テストの点数はまだ返ってきてませんが、結果が非常に楽しみな生徒の1人です!

2人目は運動大好きなU君。体を動かすことは大好きだが勉強は嫌。
(※余談ですが自分は最近筋トレにハマっていて、U君が様々な鍛え方を教えてくれるので感謝しています!もはや先生です!笑)
塾で勉強している教科の点数はいいが、それ以外との差が激しく悩んでいました。
塾では一生懸命努力している様子はあり、夜遅くなっても一日の課題をやりきってから帰りたいというストイックな心の持ち主です。習い事もあって多忙ですがしっかりこなしてくれます。
M君に話を聞いてみると、「運動では褒められることは多いが、勉強では褒められることがあまりない」という。
運動すると褒められるからやる気が上がると言っていたので、M君の物事への向き合い方を褒めていきました。
その姿勢を他の教科でも活かしてみようと、テスト3週間前から対策をはじめたところ、全教科で点数を上げることができました。
普段は250点前後でしたが、今回は330点にまで点数が上がりました。
一番低かった教科は50点上がりました。
ストイックなところを勉強に活かすことができたこの経験は、きっと勉強の意味を学ぶいい機会となったことでしょう。
勉強で前を向くようになったところに成長を感じました。
今後が楽しみです!

2人に共通する点として、勉強の捉え方が変化した点が挙げられます。
「つまらないもの」が「意外と楽しいもの」に変わる瞬間を垣間見る事ができたのは自分にとっては何よりの幸せです。
自分もまだまだ勉強中のみでありますので、この2人を見習って精進していきます。

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特撮を見ました。

どうも、学習空間八千代台、習志野藤崎教室の高橋です。今日は最近ハマった出来事についてお話します。

私が大学生のとき、一人の面白い友達がいました。この友達は「戦隊ヒーロー」が大好きだったのです。「二十歳を超えた大人が何を戦隊ヒーローなんて。」と心の中でばかにしていたのですが、最近ひょんなことから、私も「戦隊ヒーロー」を見てみました。彼の一番のお勧めだった『鳥人戦隊ジェットマン』という作品です。なんとこれが大の大人でもすっかり熱中してしまうほどの(いや、むしろ完全に「子供向け番組」の域を逸脱していました)傑作だったのです。

普通「戦隊ヒーロー」と言うとどんなイメージがありますか。正義感に燃える主人公とその仲間が、強力な武器や必殺技を駆使して悪に立ち向かい、見事に勝利する。こんなところでしょうか。しかし、この作品はそうではありませんでした。まず、リーダーであるリュウ(レッド)を除いては誰も正義のためには戦っていません。カオリ(ホワイト)はこれまでの退屈な暮らしに飽き飽きしており、ジェットマンになれば刺激的な毎日がやってくると喜びます。アコ(ブルー)は女子高生で、お金欲しさにバイト感覚でジェットマンを始めます。ライタ(イエロー)は実家の畑が敵に荒らされたことが許せない、という何とも幼稚な理由でジェットマンになります。酒、たばこ、女性、ギャンブルが大好きないわゆる「遊び人」であるガイ(ブラック)は「人類なんていっそ征服されてしまったほうが良い」とはき捨てるように言います。それもそのはず、レッド以外の五人はもともと、ジェットマンになる気なんてない、ただの民間人だったからです。不慮の事故により、望まずしてジェットマンに変身する力を身につけてしまい、むしろ不本意ながら戦いに巻き込まれた人たちです。この作品の面白さの一つは、これまでのヒーロー像を全面的に覆したことにあります。

みなさんは「そんな五人だってどうせすぐに世界平和の大切さに気付いて真面目に戦い始めるんでしょ?」と思うかもしれません。しかし、そう簡単にはいかないのがジェットマンです。むしろ、しょっちゅう仲間割れをしており、五人全員で戦わないことの方が多い印象すらうけます。原因はなんと「女性の取り合い」でした。カオリはリュウに恋をするのですが、リュウは敵に捕らえられた元恋人が忘れられず苦悩します。またガイはカオリが好きで、「リュウではなく、俺に惚れろ」と言う始末(普通好きな相手に面と向かって「俺に惚れろ」なんて言いますか…)。挙句の果てにカオリもカオリで「リュウも好きだけど、実はガイもいい」なんて言い出します。もう、世界平和そっちのけです。それでも紆余曲折を経て五人の心が一つになるのは物語がのこり数話となったところです。この物語はきっと、ヒーローだって人間なのだし、恋もすれば嫉妬もする。迷うこともあるし、心がくじけることだってある。ということを伝えたかったのだと思います。実際、リーダーのリュウは、他のメンバーに「俺たちは世界平和を守るのが使命。そこに個人的な事情をもちこむな。公私を混同するな。」と説教をする割には、物語の中でたびたび元恋人の幻を見て、たびたび「心ここにあらず」の状態になってしまいます。

このような特徴から、『鳥人戦隊ジェットマン』は「これまでの戦隊ヒーローの歴史を変えた作品」と言われています。最終的にはジェットマンは悪に勝つのですが、本当に人間くさい戦隊ヒーローだったと思います。しかし、この人間くささの中にやどる「温かさ」は悪をバッタバッタとなぎ倒す正義の味方が持つ「強さ」よりも大切なものなのかもしれません。

以上、最近ハマった出来事でした。ではまた~。

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歴史を勉強しています

こんばんは、学習空間八千代台・習志野藤崎教室の高橋です。

最近新たなハマリ事として、世界史を勉強しています。
全年代好きなんですが、特に現代ヨーロッパ史が面白いですね(昔は中世ヨーロッパの独自な雰囲気が好きだったんですが)。
なぜ、この勉強が面白いかというと

1.「今からは想像もつかないようなことが、実際に起こった」ということを学べるから。
2.その出来事に対して、複数の角度から解釈できるから。

の二点に尽きます。例えば、私が中学生の頃は太平洋戦争についてこんな風に述べられるのが一般的でした。

⓵「日本は中国や韓国、その他のアジアの国に侵略行為を繰り返し、これがアメリカの目にとまった。
アメリカは日本の侵略行為をやめるように忠告したが、日本はこれに応じなかったため日米開戦に至った。」

ところが最近、当時の日本の記述を見てみると、次のように書いてあることが多い気がします。

⓶「日本は西洋列強からアジアの国が独立することを目指していた。そのため、『大東亜共栄圏』を提唱し中国や韓国をはじめとするアジアに軍をすすめた。それを見たアメリカは日本の進出を阻止しようとしたが、日本はこれに応じず開戦となった。」

⓵と⓶は明らかに異なる立場で述べられていることがわかります。どちらが正しいかという議論は無意味です。どちらの立場に立つか、と言われれば私は正直に「わからない」と答えます。しかし、確かなのは同じ事象でもこんなに違う解釈が生まれるということです。
実はこれって、文系の学問の面白いところだと思います。文学にしろ、歴史学、社会学そして言語学にしろ(「実学寄り」な法学と経済学は個人的に別だと思います。違ってたらゴメンナサイ。)まず現象があって、その次に必ず「解釈」を行います。そして、その解釈が「間違っていない」ことを示すためにいろいろ頑張る。とはいえ、この作業の最終目的は「今まで見えなかった糸の一本」を発見することであり、「一見関係のない複数の事柄」の間に関係性を見出すことです。ここは理系の学問との違いだと思うのですが「AはBである。」と言い切るのではなく「AとBは意外と関係してるんだね。」程度で十分学問として成立します。それほど縛りがきつくないのですから、文学とファッションを関連付けたり、歴史学と言語学と宗教学を結び付けたり、理系の学問すら取り込んで、歴史学と言語学と生物学みたいな異色コンボも可能なわけです。
ちなみに具体例として、私が大学院生だった時にお世話になった先生の一人に、「ナチス」と「身体文化論(ダンス)」と「建築」を結び付けて研究している先生がいらっしゃいました。たしかに話を聞くと、全然関係がなさそうな先の三つが関連性を帯びてくるのです。

実学を重視する立場からすれば、「そんなコジつけの学問に何の価値があるのか」と言われそうですが、せっかくいろいろな事象が複雑に絡み合っている世の中で我々は生きているのですから、「コジつけられるだけコジつけてみよう。そうしたら、その中のいくつかは将来凄い発見になるだろう。」と強く思います。ではまた~。

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夏休みの途中経過

こんにちは。学習空間八千代台教室・習志野藤崎教室の高橋です。
みなさん、夏休みはいかがお過ごしでしょうか、私は夏休み中の目標として掲げたオランダ語も順調に勉強が進んでいます。

前のブログで、「オランダ語とドイツ語と英語」は同じ家族関係にあると言いましたが、その際に「英語の文法」だけが昔と今で大きく変化したと話しました。今回はどうしてこのような変化が英語だけに起こったのか見てみようと思います。

まず前提として、ドイツ語とオランダ語の文法の特徴を非常にざっくり見てみます。

① ありとあらゆる名詞に「性別」が割り振られている。私たち日本人には想像もできないことですが、「生物以外」にも男と女があります。例えば「机」は男、「電機」は女、「ジュース」は男、「牛乳」は女という感じです(ちなみにドイツ語にはオカマもあります)。意味不明かもしれませんが、同様の現象はヨーロッパで使用されている言語ではごく自然なことです。

② 語順が比較的自由。オランダ語もドイツ語も語順のルールとしては、動詞が二番目にあればその他は比較的自由です。ドイツ語とオランダ語だけでなく、デンマーク語も同じルールです(デンマーク語も広い意味では、英語やドイツ語、オランダ語と親戚関係にあります。)

主な特徴はこれくらいですが、実はこの特徴は大昔の英語(西暦約500年~約1000年)にもありました。
今私たちが学んでいる現代英語に比べるとはるかに難しい言語だったのです。

しかし、その後まもなくイギリス国内で大事件が起こります。なんとイギリスがお隣フランスに征服されてしまうのです。フランスに征服されると、イギリスではフランス語が公用語になります。政治や教育の場でフランス語が使われるようになり、「高尚なフランス語」に対し、英語は「一般庶民が話す卑しい言葉」という扱いになります。一般的に公の場で使われる言語は言語教育を施し、みんなが共通に使える言葉として磨きをかけなければなりません。つまり文法規則がカッチリして、保守的になります。それとは逆に、英語は庶民が使う言葉でいわば「どうでもいいヤツ」扱いでしたので、言語教育も行われませんでした。「勝手に好きにしゃべってて」状態です。そんな中で、名詞の性や複雑な文法規則は失われ、どんどん平易なものに変化していったのです。

こうして、他言語による征服の結果、文法が簡素になったことが、現代英語の世界進出の一因になったと思うと不思議な感覚にとらわれます。もし、日本の公用語が英語になっていたら、現代日本語はもっと簡単なものになっていて、日本語学習者も増えていたのではないかと考えたりします。

以上、英語の歴史について書いてみました。言語史っておもしろいですよ!!ではまたー。

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夏の目標

どうも、個別指導学習空間、八千代台・習志野藤崎教室の高橋です。

最近ますます暑くなってきてますね。
うーむ、私は暑いのが苦手です。エアコンがないと生きていけません。。。
皆さんはこの夏の目標はもう決めましたか。

私の目標は三つあります。

1.オランダ語を習得する!!
2.習得したオランダ語とドイツ語の知識を使って、古英語を勉強する!!
3.古英語の知識をつかって現代英語の謎に挑む!!

とまぁ勢いで書いてみましたが、たぶん1.だけで終わりそうです・・・・

現代英語、つまり、皆さんが今勉強している英語ってやっぱり謎が多いですよね。例えば、

be動詞ってなんでam is areの三つの形があるの?とか、
「私もそう思うます」っていうときの”So do I.”ってなんでこんな変な語順してるの?とか
高校で習う仮定法で、どうしてIf I were a bird,…ってbe動詞の過去形でしかもwere使うの?とか

他にもいろいろ謎は絶えませんが、現代の言語現象をひも解く一般的なアプローチとして、「その言語の歴史を勉強する」という方法があります。
つまり、いまから1000年くらい前の英語の文法を見てみると、上にあげたような疑問の答えが見つかる可能性があるのです。
そして、その際に非常に強力な武器になるのが、私の場合、「ドイツ語とオランダ語」です。なぜなら、ドイツ語とオランダ語と英語は、もともと同じ言語だったから。もともと方言のような関係にあったこの三つの言語の中で、英語の文法が急速に簡略化していったのに対し、ドイツ語やオランダ語は比較的昔の文法を維持しています。実際に、上の疑問の二番目についてですが、So do I. のような語順は、現代ドイツ語、現代オランダ語においては特別でもなんでもない語順です。「動詞を二番目においてくださいね、あとの単語は基本的には好きな場所におけますよ」というのがドイツ語とオランダ語です(これをVerbⅡ現象といいます)。このような語順は古英語の時代にはいたって普通のものだったが、文法が簡略化されていく中で、特別な場合にのみ使われる形になったということです。

上にあげた例はあくまで「私の場合」です。他にも、例えばフランス語やデンマーク語も役に立ちます。英語は発音とつづりが一致しないと言いますが、もともとあった英語の発音に加え、フランス語系の発音が入ってきたため、複雑に見えるだけです(イギリス史の中で一時期イギリスの国語がフランス語になりかけた時期があったから)。また、代名詞のtheyはもともとデンマーク語です。

さてとても堅い話になりましたが、皆さんが日ごろ頭を悩ませている英語の疑問は、現代英語以外の知識を応用して解決できるものが多いということです。ですから、例えば大学に入って英語以外の外国語を勉強するときには、「就職」や「使える国、地域の広さ」だけでなく、そのような観点で選んでみてはいかがでしょうか。

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反省は努力から

こんにちは。個別指導の学習空間 四街道東教室・佐倉臼井教室担当の桑原です。

中学生の大体の人はテスト終わりましたかね?
二期生の方や高校生は今が踏ん張り時ですね!出来ることを最後まで諦めないでください!

さて、今回は、テストの反省の重要性について書いていきたいと思います。
自分は、テスト直しを一日の課題にしている生徒とは、テストの答案を持ってきてもらって、生徒と一緒に反省を行っています。
テストどうだった?と聞くと、よく言われるのが「〇〇がよく出来なかった」「ケアレスミスが多かった」「〇〇をあまり勉強してなかった」というセリフです。
これが不思議な事に、点数が高い生徒も低い生徒も同じように言ってきます。ダメ出ししか言ってこない生徒はとても多いです。

そこで自分は、注意していることがあります。それは必ず良く出来た点から先に伝えてからダメ出しをすることです。
なぜなら、ダメ出しばかりしていると「努力」の価値が低くなってしまうからです。
点数という結果だけでは見えない成長や努力のかけらが、問題用紙や答案には散りばめられているので、それを結果だけ見てダメだと思ってしまうと自分を信じられなくなってしまいます。
よく出来た点には必ず具体的な理由をつけ加えて説明します。テスト前のみならず平日の中でどのように頑張っていたから出来たのか。言い換えると、どれくらい自分と向き合えたか。そこに一番時間をかけて一緒に反省していきます。

信じていいところは誰にでもありますよ!

このような反省のやり方は、生徒ととても近い距離で接している塾だからこそ出来るやり方だと感じています。なので生徒以上に先生方のほうが悔しい場合もw

良かったところも悪かったところも一緒に反省することは、自分に自信を持つためにはとても大切なことです。それをを続ける姿勢こそが、「努力」といえるのではないでしょうか。

 

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単語を覚え始めました

こんにちは、学習空間八千代台・習志野藤崎教室の高橋です。

もうご存知の方もいるかもしれませんが、私は語学が好きです。
毎日、ドイツ語、英語、(もちろん日本語もw)を使っています。
そんな私ですが、最近生徒に単語暗記をさせるとき「この生徒は英語が苦手なんだよな~どんな気落ちで単語覚えてるのかな。本当に辛そうだよなぁ」ってよく思います(だからと言って指導を「甘く」することはないのですが、、、生徒諸君ゴメンネ)。

なので、ここで初心に帰って、私自身も単語暗記を始めてみました。もちろん、大学入試レベルの指導ができる程度の単語力はありますが、それ以上の単語を増やす機会はなかなかなかったので、久しぶりに単語力増やしてみるか、と。そしたら、いい覚え方を発見したのでちょっと紹介します。
レベル的には「普通」つまり、英語は得意でも苦手でもありませんって人向けです。

用意するもの
1.例文付きの英単語長
2.キャンパスノート(ルーズリーフはお勧めしません。ばらばらになるし、リングの部分が邪魔になって、ノートのスペースがフルに使えないので。)

手順1。ノートのページの外側に、全体の四分の一ぐらいのスペースができるように折り目を入れる。
手順2。単語帳を適当な範囲で区切り、その範囲内に出てくるわからない単語にすべてチェックを入れる。(この段階では単語の暗記は不要です)
手順3。チェックを入れた単語の例文をよく読み、内容がイメージでき、日本語に直せるかチェックする。(この段階でも単語の暗記は不要です)
手順4。文が日本語に直せることが分かったら、今度はすかさず、その和訳の文だけ見て英語の例文が再現できるか試してみる。
手順5。問題がなければ、そのまま再現した英文を4分の3のスペースに書きとる。(この段階でも単語の暗記は不要です)
手順6。最後に4分の1のスペースに問題だった単語を書く。(この段階で単語を暗記しましょう)

以上です。

このやり方には、簡単な英作文ができる程度の文法力と、一度見た英語の例文を「ほんの一瞬」脳内に留めておけるだけの短期記憶力が必要です。
正直慣れるまでハードルは高いかも。ただし、できるようになったらこっちのもんです。作文力と単語力が同時に磨けるし、単語の意味を細かく一つ一つ覚えていくわけじゃなく、その単語の「中心的なイメージ」わかるから効率的です。そして何よりも、単語暗記までの道のりがしっかりしているだけに、定着力が段違いです。ぜひお試しあれ!!
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